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| まず上の写真であるが、左は昭和43年、右は昭和55年に撮られた古賀町の航空写真である。写真左の千鳥校区は、雑木林が多く繁っていた。 しかし、古賀町は福岡市のベッドタウンとして日々宅地造成が進み、千鳥小学校開校当時の写真右では松林がかなり減って、住宅や宅地が増えている。 この傾向は、昭和49年頃より急激に見られるようになった。そうした状況にともない住宅地の小中学生の児童・生徒数も急増し、学校のマンモス化をさけるために、小学校増設は必至となったのである。 すでに古賀町には5つの小学校があったのだが人口急増地帯にある古賀東小学校(松葉甚一校長・児童数1,356人)、古賀西小学校(村山競校長・児童数1,106人) から児童を編入することとし6番日の小学校を建設することとなった。これが千鳥地区に小学校が創設されることに至った最大の要因であった。 |
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| 古賀東・西小学校児童数の推移 (千鳥小学校十年史より) | TOP↑ | |
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| 昭和 | 古賀東小 | 古賀西小 |
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| 48年 | 997人 | 795人 |
| 49 | 1098 | 754 |
| 50 | 1182 | 806 |
| 51 | 1269 | 892 |
| 52 | 1196 | 960 |
| 53 | 1286 | 1030 |
| 54 | 1344 | 1099 |
| 55 | 1088 | 845 |
| 56 | 1000 | 852 |
| 57 | 966 | 867 |
| 58 | 947 | 916 |
| 校地選定の経緯 (千鳥小学校十年史より) | TOP↑ | |
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新設校の位置については、住宅都市整備公団の大規模開発(現在・舞の里)による人口急増予定地域の存在等を含め検討した。そして千鳥ケ池周辺に国有地があり、また近辺に県立養護学校、福岡県身体障害者リハビリテーションセンター、 古賀町立福祉センターと公共施設が集中し、また児童通学等を考え、さらに緑にめぐまれた自然環境が学園地区として最も適しているとの判断から、現在地が小学校建設地に選定されたのである。そうして国有地払い下げ申請を行ない、その認可を得て 昭和五十四年に買収の運びとなったのである。」 (古賀町教育委員会・三上龍馬次長より)
昭和五十三年七月、古賀町教育委員会は仮称古賀北小学校校区再編成研究会(町会議員・区長・校長・PTA会長)を設置し、これに対して校区問題について諮問したのである。教育委員会の三上次長の話によると、関係区に対しては、説明・意見 聴取を行い、何度かそのための会合も開催され、東花見区・北花見区からは、千鳥小学校との間に鉄道(当時は国鉄鹿児島本線)が走っているために通学路問題に関する不安が寄せられ、町としては路線に歩道橋を設置することと、将来花見地区に小学 校を増設することで地域の了承を得たそうである。平成三年度には千鳥小学校から花見小学校への分割が具体化しているがそれは、千鳥小学校開校以前からの既定のことだったのである。そうした経緯を経て、古賀東小学校校区から千鳥区・病院区を、 古賀西小学校校区から東花見区、北花見区を分割するよう答申を受け、教育委員会はこの答申にもとづいて千鳥小学校校区が決定されたのであった。決定までのあいだ、関係区の人々や当時の保護者の中には相当心配もあったようである。 実に校区決定までのあいだの会合は約六十回にも及んだとのことである。そうした準備を整えて許山秀哉町長は、新設校設置について町議会に対して次の提案をしたのである。
古賀町立学校設置条例の一部を改正する条例の制定について 表題の条例案を別紙のとおり提出する。 昭和五十四年十二月十八日 古賀町長 許山秀哉 提案理由
古賀町立学校設置条例(昭和五十一年古賀町条例第十六号)の 一部も次のように改正する 第二条の別表第一中花鶴小学校の欄の次に次の様に加える 名 称 千鳥小学校 位 置 粕屋郡古賀町大字久保一、六一二番地の五五一 附則 この条例は昭和五十五年四月一日から施行する。
この学校用地として選定された千鳥ケ池周辺は、もともと結核療養所である福寿園・清光園福岡県療養所があったが、昭和三十七年一月に国立福岡東病院に統合されている。それらの跡地は鬱蒼と茂った雑木林と化していたが、学校新設が決まった 以上早急に造成工事にかからねばならなかった。建築事務所は本来ならば、材料の出し入れや打ち合わせなど作業をするうえで近くに設置するものであるが、現場全体が同時に造成中で、他の業者も入っており自由に場所がとれず、現場よりいくぶん 離れた所に設置せざるを得ず、位置は現在の古賀北中学校の敷地内で山林を切りたおした斜面に置かれたということである。しかし、始業式までに校舎を完成させる為に、緊急の打ち合わせや会合に使う小さな仮事務所が必要となり現場の近くに設置さ れた。また建設を担当していた叶沼組は当時、赤間の福岡教育大学の建設工事と日程が重なり現場労働者の不足と悪天候の為、造成工事は極端に遅れていった。さらに、一帯の土壌は砂地で当年の台風の際、水や砂が現場内に流れ込んだり、 置いてあった鉄筋などの材料が砂に埋まる大変なトラブルに襲われたが昭和五十五年三月に遂に一応の完成をみた。またプールも台風のころに基礎工事が行われており、その中に砂が入り込み、それを全て除去しなくてはならないという作業も増え、 完成はその年の六年生が泳げるように夏休み迄の予定であったが、同年の九月になってしまった。さらに屋内体育館が十二月に竣功したのである。校舎建築延床面積は四、三六五・七三平方メートル、プール建築延床面積は一六一・四九七平方メートル、 体育館建築延床面積は一、一一四・〇五平方メートルを占め、普通教室の数は十八室(現在二二室)又特別教室は七室(現在八室)、校長・職員室・その他七室(現在八室) であった。こうしてようやく緑と自然に囲まれた近代的な校舎を得て千鳥小学校は名実共に完成したのである。
校舎新築工事に費やされた費用は五億三、〇七八万円で、造りは鉄筋コンクリート三階建である。設計者は、叶ホ本建築事務所で、施工者は叶沼組・九州電気工事梶E浄研工業鰍フ三社で工期は昭和五十四年九月十九日から昭和五十五年五月 十五日迄であった。続いてプール新設工事の費用は五、一七〇万円費やされ、附属棟補強コンクリートブロック造りで、ステンレスプールの二十五メートル×七コースと半径五メートルの半円プールが造られた。設計者は、やはり叶ホ本建築事務所で、 施工者は不動建設梶E九州電気工事梶E浄研工業鰍フ三社で工期は昭和五十五年六月三日から昭和五十五年九月十五日迄であった。又屋内運動場建築工事もプールと同時に工事が始まり一億五、四九〇万円の費用がかかった。 造りは鉄筋コンクリート二階建である。設計者・施工者は校舎と同じ会社であった。そして工期は昭和五十五年六月三日から昭和五十五年十二月二十五日まで費やされた。 ![]() |
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新設計画段階では「古賀北小学校」という仮称が使われていた。これは古賀東小学校・古賀西小学校との関連から暫定的につけられたものであったが、その名称を良しとする声も随分あったようである。 しかし、新設の学校に児童が夢と親しみを持つことができ、響きも美しい名前が良いのではないか、ということで隣接する千鳥ケ池にちなんで学校名は「千鳥小学校」と命名したのである。 伝説に残る美しい 『千鳥』の名を冠した学校に通ったことは、子どもたちにとって生涯の誇りとなることであろう。 |
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校歌についてはこれを広く県内に公募することで新設千鳥小学校の宣伝をしようという方法も考えられたが、やはり作詞・作曲は専門家に依頼するのが良いということになった。 歌詞は元小野小学校校長の鳥居信久氏に、曲は安永武一郎氏(前九州交響楽団常任指揮者)にお願いすることとなった。 作詞者の鳥居信久氏は粕屋郡内の校歌も数多く手がけてこられており、アララギ派の歌人としても活躍中の方で、本校校歌の作詞にあたっては、千鳥ケ池はもとより地域の状況や校区周辺を十分に探索されて、完成したのである。 作曲者の安永武一郎氏は現在は福岡教育大学の学長という要職にあるが、福岡市文化功労賞を受賞されており、国際的にも評価の高い音楽家である。 幸い当時の藤校長と懇意であったこともあって、ぎっしりスケジュールがつまっているにもかかわらず、作曲を快く承諾して下さった。 |
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学校のシンボルとしての校章はどうしても必要なものである。 在校生及び父母と教職員から応募された沢山の作品の中(百二十六点) からまず第一段階として三十七点を選び、この中から本校全職員の厳正な審査により十二点にしぼり、さらに最優秀作品を採択した。 審査は、応募者の名前は伏せて作品のみを審査するという公正なものであったが、採択された作品が実は初代校長・藤潤一郎氏のデザインであったことを知る人は少ないであろう。 後日このデザインに画家・木村辰也氏(当時花鶴小学校教頭)が補正して千鳥小学校の校章は完成したのである。 |
| 校章デザイン(千鳥小学校十年史 1990年発行より) | TOP↑ | |
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| コスモス | (桃) | 町花をアレンジし、又宇宙を旅する気象衛星コスモス号のように限りなく |
| バック | (青) | どこまでも続く青空の色 |
| 花びら | (桃) | 八方に広がる希望と夢 |
| 千 | (白) | 千鳥小学校の千 |
| 千の中の点描 | (黒) | 千鳥小学校の生徒たち |
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